東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
生物制御化学研究室
The Chemical Biology Laboratory

Theme

1)植物制御物質の化学、生理学、情報伝達の仕組みの解明

2)上記知見を利用した生物学的・化学的作物生産技術の開発

ストリゴラクトン信号伝達制御の解明とその化学的制御法の開発

アフリカでは甚大な根寄生雑草被害のため本来得られる生産量の4〜6割程度しか収穫がない地域が広がっており、根寄生雑草被害はエイズ、マラリアと共に3大社会的難問題として認識されその防除法が強く望まれている。世界的にもその広がりには多大な懸念が寄せられている。アフリカの主要穀物であるソルガムに寄生するStriga類(写真1)とイスラエルの人参畑に壊滅的な被害を与えているOrobanche類(写真2)の寄生の様子を写真に示す。写真1ではピンクの花が咲いている部分がStrigaで汚染されている土地であり、収穫はほとんど見込めない状況である。写真2ではニンジンに寄生している様子がよく説明されているが、このような小さくなってしまったニンジンの商品価値は殆どない。そのため根寄生雑草の防除が望まれているが、一度花を付けると種子を数十万個の単位で地上にばらまく性質を持っていることから、既に写真で示したような土地では根寄生雑草に汚染されている状態であり、この種子発芽を制御する方法を見つけなければならない。

写真1 宇都宮大学米山教授撮影

写真2 宇都宮大学米山教授撮影

根寄生雑草はホストの植物が生産し根から放出するストリゴラクトン(SL)類を認識して発芽し、ホスト植物の根に寄生する。そのため寄生雑草防除法として、ホスト植物におけるSL生合成を制御する化合物やホスト植物が存在しない状態で寄生雑草種子の自殺発芽を誘導する化合物の開発が非常に重要である。同時にストリゴラクトンを生産しない変異体の作出も重要な課題である。一方、SL類は作物生産性やバイオマス生産性に大きく影響する植物の枝分かれを抑制する植物ホルモンでもある。そのため新しい植物生産増加法としてのストリゴラクトン制御剤の開発も非常に重要と考えている。以下我々が行っている具体的なストリゴラクトン機能制御について説明する。

ストリゴラクトン機能制御剤

 ストリゴラクトン(SL)類(図1に代表的なストリゴラクトン類の構造を示す。GR24は非天然型化合物である。)は根寄生植物の発芽刺激物質、共生菌であるアーバスキュラー菌根菌の菌糸分岐誘導物質、植物の枝分かれ制御物質、として働くことが知られている。植物の枝分かれは食糧・バイオマスの生産増加に直結する重要な形質であり、収量増加を考える場合、この枝分かれを制御する意義は大きい。また根寄生植物は特にアフリカのサブサハラ地方で穀物収量を減少させると雑草として大きな問題になっており、根寄生雑草の退治方法、根寄生雑草の感染を防ぐ栽培法の開発に期待が持たれているが、未だ有効な解決策は見つかっていない。これら現象を制御している鍵化合物はSLであることから、まずSL生合成を制御する物質の創製を行った。

図1 代表的なストリゴラクトン類

ストリゴラクトン生合成阻害剤

L欠損状態の植物は枝分かれが多くなるが(図2)、その形態はSLミミックであるGR24の処理により回復する。SL生合成阻害剤にはSLの生理機能の解明や遺伝学への適用という植物科学への応用展開以外にも植物の枝分かれ促進効果や寄生雑草発芽抑制効果を利用した実用化の可能性が期待できることからSL生合成阻害剤の創製を試みることにした。SLの生合成には少なくとも二つのカロテノイド酸化開裂酵素(CCD7及びCCD8)と一つのシトクロムP450酸化酵素が関わっていることが示唆されている。SLの生合成に関与するCCD7、CCD8はアブシジン酸生合成に関与するNCEDや揮発性香気成分の合成に関与するCCD1に反応機構が類似しているため、当研究室で開発し報告してきたジオキシゲナーゼ阻害剤NCED阻害剤やその類縁体中にCCD7やCCD8の阻害剤が存在するのではないかと考えられる。

L生合成阻害剤の創製

またチトクロームP450に対しては、トリアゾール化合物が阻害効果を示すことが予想される。そこで研究室で構築した化合物ライブラリーを対象に阻害活性化合物のスクリーニングを行うことにした。各化合物処理したイネについて分げつ(枝分かれ)促進活性と、水耕液へのSL滲出量の減少を評価することによりSL生合成阻害活性を検討した。続いて見出した活性化合物について構造活性相関研究を行い、最終的にアバミンやCCD1阻害剤類縁体であるAKT17、そしてトリアゾール化合物であるTIS13を見いだした。

図3 SL生合成阻害剤

これら初期に見出したリード化合物を処理したイネはSL内生量の減少とイネ第二分げつの伸長が観察されただけでなく、SLミミックであるGR24と共処理することで分げつ異常が一部回復することから、TIS13、AKT17、アバミンはSL生合成阻害活性を有していると考えた。これら化合物中でも最も活性が高い化合物はTIS13である。しかしこの化合物はイネに対して予想以上の矮化誘導活性を示したことから、副作用としてジベレリンやブラシノステロイド生合成に対する阻害効果を示すことが予想された。そこでTIS13の構造に基づいて構造活性相関研究を行い、より活性や特異性を高めたSL生合成阻害剤を見出すことにした。

図4 SL生合成阻害剤の構造展開

これまでの研究でトリアゾール化合物中にあるt−ブチル基をフェニル基へと置換すること、水酸基をケトン基へと変換することによりジベレリン生合成阻害活性を減少できることを知見としてもっていたことから、この部分を中心にして構造改変を行い、イネに対して高活性・高特異性を示す化合物TIS102を見出すことができた。これら一連のSL生合成阻害剤は内生のSL量を減少させるだけでなくイネ分げつ促進活性を有している。そこでこれら化合物をstrigazole(Stz)と命名し、以後の研究に用いている。例えばStz102(=TIS102)をイネに長期間処理したところ、バイオマスが2倍以上に増加することを見出した。今後使用法を検討することにより新しい穀物生産の増加法を提示することができる可能性があると考えている。またシロイヌナズナに対して高活性・高特異性を示すTIS108(Stz108)を見出すことが出来た。Stz108はシロイヌナズナに対して効果的な薬剤であり、枝分かれ促進的に働く。この化合物は広く双子葉類に効果的であり今後の花き園芸等への応用が期待できる。

さて、現在筆者らのグループではStz102を用いた遺伝学的研究にも取り組みStz102に対して抵抗性を示すイネ変異体を見出すことに成功している。野生型株にStz102を処理することにより第2分げつの伸長(図中白い矢印で示した)が観察されるようになる。しかし阻害剤非感受性変異体ではStz102を処理しても分げつが増えてこない。これら変異体中ではSL生合成酵素や情報伝達因子をコードする遺伝子が変異しているのであろう。今後変異体原因遺伝子の追究を行うことにより、SLによる植物生長の仕組みを分子レベルで解き明かすことができるだけでなく、見出した遺伝子を応用することによる新しい作物の増収が可能になると期待している。またこれら阻害剤を処理した植物への根寄生雑草の感染率が大きく減少していることから、SL生合成阻害剤は根寄生雑草被害の低減にも役立つと期待できる。

さて、上記阻害剤の副作用の追究過程でジベレリンがSL生合成を著しく抑制することを見出した。この結果はジベレリン処理による根寄生雑草の発芽過程の制御が可能であることを示唆している。しかしジベレリンは高価であるためにアフリカの大地に散布することはコスト的に問題がある。そこでこの問題を解決するためにジベレリンの安価なミミックを探索することにした。アッセイにはシロイヌナズナを用いた。まず生育が抑制された状態になるようなジベレリン生合成阻害剤濃度を決定し、次に化合物ライブラリー中からジベレリン生合成阻害剤と共処理することで抑制状態から回復させる効果を持つ化合物67Dを発見した。

(この写真はジオキシゲナーゼを標的とするprohexadione処理の場合であるが、チトクロームP450を標的とするパクロブトラゾールの場合も同様の結果を与える。)。この67Dは作用部位の異なる2種類のジベレリン生合成阻害剤に対して同様の回復効果を示したことよりジベレリン受容以降の情報伝達系に作用していると予測している。この化合物はインシリコ解析ではジベレリン受容体のポケットに親和性を持ち、安価にかつ簡便に合成可能である。予備的試験ではジベレリン受容体と結合能力があるとの結果が得られていることから、今後は構造活性相関研究と併せてSL生合成に対する影響を調べていく予定である。

ストリゴラクトンミミック

新しく植物ホルモンとして認識されるようになったSLであるが、その農業への応用はこれからの課題である。現在期待されている利用法はアフリカで問題になっている根寄生雑草被害の軽減である。現在アフリカでは多くの耕作地が根寄生雑草の種子に汚染されている状態であるが、SLはその根寄生雑草種子の発芽促進物質として知られている。そのような耕作地ではホストとなる作物が生産したSLが根から放出されると、それを感知した寄生雑草は発芽できるようになり、ホスト植物の根に感染し寄生することによりホスト植物の正常な成長を妨害するために収量が著しく減少する。そのための有力な防除法の一つとして期待されているのが、作物種子を播種する前にSLミミック処理をすることにより、土壌中に広がる根寄生雑草の自殺発芽を促進して作物への寄生を防除する方法である。一方、SLを作物、園芸植物へと応用する新しい利用法も期待されている。しかしながら大量、安価にSL活性を有する化合物を供給できないこと、またSLが土壌中であまり安定ではないことが新しい利用法の検討を難しくしている一つの理由である。

そこでこの点を解決するために新しいストリゴラクトンミミックの創製に取り組んだ。その結果ストリゴラクトンD環のブテノライドとフェノールを結合させた化合物(debranoneと命名した。一例として4Brdebranoneを挙げる。)が、これまでストリゴラクトンアナログの標準品として用いられてきたGR24より強い活性を有することを見いだした。この化合物をSL欠損変異体であるd10変異体に処理することにより、d10変異体の多分げつ矮化形態が野生型と同様の形態に回復した。またシロイヌナズナにおけるSL欠損変異体であるmax3に対しても同様の効果を示すことを確認した。以上の結果よりdebranoneがストリゴラクトンアゴニストとして機能していると考えている。この化合物は簡便かつ安価に合成できることから、SLの農業利用に新しい展望を開くことができる可能性を期待している。またデブラノン型化合物は根寄生雑草種子の発芽促進活性が構造により大きく異なるので、植物ホルモン活性と発芽促進活性を任意に調節することが可能という特徴を有している。またSLミミックを用いた変異体探索はまだ行っていないが、シロイヌナズナに対してSL過剰投与を行うと暗所光形態形成(ブラシノステロイド生合成阻害剤を処理した場合のような形態)を示すことが報告されていることから、この条件下でSL抵抗性を示す変異体は容易に選抜できると考えている。

エチレンミミック

エチレンが根寄生雑草の種子発芽を促進することが知られている。SLはエチレンの発生を促して発芽促進するとの報告もあるが、その作用機構についてはまだ確定していない。アメリカにおいてはエチレン処理による自殺発芽促進による根寄生雑草の駆除が実際に効果的であったため、アフリカでも有効な方法と考えられているが、コスト等の問題から実用化されていない。またエチレンのアゴニストも知られていない。実験室レベルではエチレン生合成中間体であるACCがエチレン代替物として自殺発芽に効果的であることが報告されているが、やはり実用化されていない。このような状況下、我々は安価にかつ簡便に合成できるエチレンミミックの開発に取り組んだ。

暗所条件下で育てられた植物はエチレン処理によりトリプルレスポンスと呼ばれる矮化、下胚軸肥大、根の伸長抑制といった形態変化を示す。そこでこの形態を指標としてエチレンと同様な植物応答を誘導する化合物の探索を行った結果、目的の化合物HJ2を見出すことができた。この化合物はシロイヌナズナにトリプルレスポンスを誘導するだけでなく、根寄生雑草の発芽も誘導したことからエチレンミミックとして機能していると考えている。今後、作用部位の特定と併せ、根寄生雑草の駆除を目的とした生理実験と構造活性相関研究を進めていく予定である。また新しい植物ホルモン活性物質としてエチレンの新しい利用法の開発も可能であろう。

 これまで得られた化合物と遺伝子組換え植物の組み合わせの一例を挙げたい。例えばSL生合成変異体を利用する事により根寄生雑草による被害はかなり減少させることができるはずであるが、SL生合成変異体では枝分かれが多くなりすぎて収量も大きく減少してしまう。しかしSL生合成変異体と植物ホルモンとしてSL活性は強いが根寄生雑草の発芽促進活性は弱いデブラノン型化合物を併せて用いることにより、任意の枝分かれと根寄生雑草からの被害を制御できるはずである。上記は一例であるが、化合物と遺伝子組換え植物を組み合わせることにより自由な発想が可能になり、新しい農業技術の開発が可能になる事を期待している。

ジベレリン信号伝達制御の解明と応用

植物ホルモンの一種・ジベレリンは種子の発芽や茎部伸長の促進、花器官の分化・生長を制御する農業上有用な生長調節剤です。このジベレリンの受容体が2005年にイネから、2006年にシロイヌナズナから、当研究室と名古屋大学・理化学研究所・農業生物資源研究所ら国内の共同研究機関との協力によって発見されました。
ジベレリンのシグナル伝達機構は、これまで蓄積されてきた知見から右に示す経路を通ると理解されています。概要としては、(i)経路上にはDELLAと呼ばれる重要な因子が存在し、常にジベレリンからのシグナルが下流に伝わらないようにブレーキをかけ続けています。(ii)ところが、ジベレリンが植物内の特定の器官・特定の時期に生合成されて、存在すると受容体はそのジベレリンと結合して複合体を形成します。(iii)受容体とジベレリンが結合した複合体は、新たにDELLA因子に対して結合する能力を持つようになり、核内で受容体-ジベレリン-DELLA因子の3分子で構成される高次の複合体が形成されます。

(iv)この高次複合体の形成により、DELLA因子はシグナル伝達のブレーキ役としての機能を失い、分解過程に組み込まれます。(v)DELLA因子の機能消失によって、ジベレリンが持つ生理作用の発現に向けて必要な下流シグナルの伝達が開始されます。このジベレリンに対する受容体がうまく機能しなくなった植物はどうなるでしょうか?シグナルがうまく伝わらない結果、例えば草丈に関して言うならば、非常に低い(極矮性)形質を示すと予想できます。最初に発見されたイネではジベレリン受容体は1種類しかありません。そして、予想どおりこの1種類しかない受容体の機能に支障をきたすと非常に背丈が低くなりました。一方、シロイヌナズナにおいてはジベレリン受容体は3種類存在し、うち1種のみ機能に異常をきたした場合では、正常な植物体と全く区別がつきません。この原因として、3種類の受容体が機能的に似通っているために異常な1種の代わりに残る2種が十分に機能を果せていると考えれば矛盾なく説明できます。こうした複数の分子種の存在によって、特定の分子の機能が把握しづらい例は多く存在します。そこで、このように複数の受容体が存在する場合でも、それらの機能を一斉に制御することが可能な薬剤が開発できれば、ジベレリンのシグナル伝達に関する研究という基礎研究領域だけに留まらず、
農業上の高い有用性が期待できると考え候補化合物の探索を進めています。

植物機能物質の制御剤の開発と化学遺伝学への応用

最近になって植物ホルモンであることが明らかになりつつあるストリゴラクト ンや高校の教科書にも出てくるオーキシン、これら両植物ホルモンの制御剤を
新しく設計・創製し、それら化合物を植物生理現象の解明や新しい有用遺伝子
の発見に応用します。またある物質変換遺伝子が強く働く植物では、病気に対して抵抗性をもつと同時にある物質が増加してきます。この物質は植物を病気
から守ると考えられていますが、この物質を合成して構造を決め、遺伝子の機能の利用と併せて新しい植物病害防除法の開発につなげたいと考えています。
以上の基礎研究をこれからの「新しい緑の革命」へとつながるような応用的な 研究へと発展させていきたいと考えています。